「個性」と「わがまま」のボーダーってどこなんだ?

目安時間:約 5分

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いつもご覧いただきありがとうございます。

 

「個性を尊重しろ」とはよく言われる言葉ですが、一体個性とはなんなのでしょうか?

 

デジタル大辞泉によると、『個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。個人性。パーソナリティー。』と記されています。

 

上記の意味を踏まえると、学校で何をしていても「個性だから」でまとめてしまえそうな気がしますね。

 

実際に教育的場面で使う時には、どこまでが「個性」として許され、どこからが「わがまま」として指導すべきところになるのか、そのボーダーについて考えてみます。

 

さっそく素晴らしい例えに出会ってしまった

この問題を考えるにあたり、インターネットや本などで「個性」と「自由」、そして「わがまま」について調べていたのですが、調べてすぐにパーフェクトとも言える回答に出会ってしまいました。

 

以下のツイッターでのつぶやきですが、小学生当時の担任の先生の言葉だそうです。

 

 

超納得ですね。

 

みんなで「晴」を書いている中で、その書き方に微妙なばらつきが出ます。

それは、その人がもっている書き方の性質の違いなので「個性」です。

 

しかし、みんなが「晴」を書いているのに一人だけ「雨」を書くのは「わがまま」になるというわけですね。

 

非常に分かりやすいたとえ話ですね。

私もこんな先生に担任になってほしかったと思います。

 

「個性」と「わがまま」の例

学習については、素晴らしい例えに触れることができたので、他の場面でよく見られそうな例を考えてみました。

 

スポーツ

野球

みんなでサードからファーストへの送球練習の場面。

送球までのステップや投げ方には一人一人クセがあります。

このクセが「個性」です。

指導者は、この「個性」を踏まえたうえで、よりよい送球が投げられるように指導する必要があります。

つまり、誰に対しても画一的な指導をするのは、「個性」を無視した指導になってしまいます。

 

対して「わがまま」になるのは以下のような場合。

みんながサードからファーストに投げてるのに、一人だけ思いっきり外野の奥まで送球して、「おれの遠投力すごいだろ!!」と自慢げになっている状態。

 

サッカー

パス練習の場面。

一人一人の蹴り方の違いやボールの入り方の違いが「個性」

みんながパス練習をしているのに思いっきりシュートを打つのは「わがまま」

 

陸上

みんなでランニングしている時の走り方の違いが「個性」

一人だけ全力ダッシュで暴走しているのは「わがまま」

 

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音楽

合唱や合奏の場面。

一人一人出す音色が微妙に違う(力加減、息遣い、声帯の違いなど)のが「個性」

楽譜と違うことをして一人よがりな合唱や合奏をするのが「わがまま」

 

ゲーム

対戦の場面。

戦い方や戦術の違いが「個性」

勝手なルールを作ったり相手の妨害をしたりするのが「わがまま」

 

「ルールの枠の中での自由」=「個性」

ここまでいくつかの例を挙げてきました。

 

そこから分かることとして、

 

個性とは、「ルールの枠の中での自由」だと言えるのではないでしょうか。

 

「晴」を書くというルールの中での「とめ・はね」などの違い=個性

「晴」を書くというルールで「雨」を書く=わがまま

 

このように考えることができます。

 

他の場面でも同様です。

 

 

一番柱となるルールを守っているかどうかで、「個性」と「わがまま」が分かれています。

 

お子さんに関わる大人として、この基準を意識して「個性」と「わがまま」を見極めてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

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