思いやりって何?

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いつもご覧いただきありがとうございます。

 

私たち大人は、子供に対してよく「思いやりを大切にしなさい。」とか、「思いやりがあるね。」とか「思いやりが感じられない。」などの言葉を使いますね。

 

でも、その「思いやり」って一体なんなのでしょうか?

 

 

相手の気持ちを考えること?

相手に寄り添うこと?

ひたすら優しくすること?

 

 

よく使われる言葉ですが、何となく雲をつかむようなぼんやりとしたイメージのある「思いやり」という言葉について考えてみましょう。

 

「思いやり」=相手の気持ちになって考えることって本当?

思いやりは相手の気持ちになって考えることとよく言われますがそれは本当なのでしょうか?

 

この考え方、正しくないとは思いませんが、ベストではないと感じています。

 

なぜなら人の気持ちは分からないから。

 

今、目の前で笑顔で挨拶を返してくれた人も心の中は憎しみでいっぱいかもしれません。

非常に元気のないあいさつをした人でも、心の中は幸せであふれているかもしれません。

 

相手の気持ちを想像することはできますが、それが正解かどうか確かめる術はありません。

相手の気持ちを想像することは、あくまでも「想像する」という行為であり、「思いやる」とは言えないのではないかと感じています。

 

では、一体思いやりとはなんなのでしょうか?

 

思いやり=相手の基準を認めること

思いやりについて、こんな言葉があります。

 

おもいやりって、「人の気になって考える」ではなくて、「自分の基準を他人に当てはめない」ってことだと思う。特に、ネガティブなことに対して自分が平気だから他人も平気とは限らない。
出典:http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20071025/p1

 

これ、まさにその通りだと思います。

 

「自分が大丈夫だからあなたも大丈夫」

「私にできたからあなたもできるよ」

 

言ってる方は励ましや思いやりのある言葉を投げかけてるつもりなのかもしれません。

 

ただ、言われてる方からすると、「お前の基準なんて知るか」というのが本音のところではないでしょうか。

上の言葉はまさに自分の基準を当てはめている例です。

相手の気になって考え、励ましの言葉をかけているわけですが、結果として相手を追い詰めてしまっているのです。

 

本当の思いやりとは、相手の基準を認め、「あなたの基準で頑張ればいいんだよ。」と受け入れてあげることだと思うのです。

 

人それぞれ、自分なりの基準をもっています。それは大人も子供も同じです。

人は、自分の基準を侵された時、傷つけられたと感じます。

 

先ほどの間違った励ましの言葉は、励ます側の基準を押し付けることによって、相手の基準を侵しています。

 

何気なくやりがちな押し付け型の思いやり。

心当たりがある方もいるのではないでしょうか?

 

ちなみに、昔の私はこれを思いっきりやってしまっていました。猛省です。

 

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親の基準を子供に当てはめていませんか?

「親の私がこれくらいできるんだから子供のあなたもこれくらいできる。」

そう思ってる保護者の方が実はびっくりするほど多いです。

 

「私は小学生の時これくらいできたんだから、あなたも頑張ればこのくらいできるわよ!」

この言葉、思いやりのある励ましの言葉のようで、実は子供に大きなプレッシャーを与えています。

 

原因は明確、「親の基準」を子供に当てはめているからです。

 

確かに子供は親の遺伝子を受け継いだ存在ですから密接な繋がりがあります。

ですが、どれだけ密接な繋がりがあろうと別人であることに変わりはありません。

 

つまり、親のあなたができるから子供が同じようにできるとは限らないのです。

逆に、親のあなたができないことを子供はいとも簡単にできてしまう場合もあります。

 

大切なのは、「子供の基準」を見極めること。

そして、子供の基準を認め、受け入れ、その中で叱咤激励をすることです。

 

親子関係がうまくいっていないケースに、この親の基準の押し付けが非常によく見られます。

子供との関係がよくないと感じている場合、ぜひ一度この基準を見直してみてください。

 

教師の基準を子供に当てはめていないか?

親に限らず、教師も同様です。

 

「これくらいできて当たり前」

「みんなできてるんだから頑張れ」

「〇年生なんだから頑張れ」

 

これは全て、その子の基準からはみ出た言葉です。

教師の価値観、基準を押し付けています。

 

励ましているように思えますが、子供を追い詰める結果を招いてしまいます。

 

その子の基準はどこなのか、その基準の中でできる努力は何なのか。

それを見極めることが、教師にとって必要なことであり、教師の力量が問われるところです。

 

これが上手な先生は、特別支援が必要な子供に対しての対応が素晴らしいです。

その子のできるところで最大限の努力をさせ、その子の良さをグンと伸ばすことができるのです。

 

「この子は教師(学年)の基準に満たないからできない子」

とレッテルを貼っている思考停止教員が多くいますが、そういった教員は危機感をもって意識を改革するべきです。

 

一人一人の基準を認め、伸ばすことが大切

自分の基準を相手に当てはめない、ということは「個の違いを尊重する」ということです。

一人一人の違いを認め、良さを生かし合う、まさに教育の目指すところです。

 

本当の思いやりを大切に、子供と接してみてください。

今までとは違う、のびのびとした子供の姿が見えてくるはずです。

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